私は現在三十路を迎えようとしている女性である。

私は現在結婚を控えた30代の女だ。

私は現在17歳の女子学生だ。


自分という存在を考えた時

それが過去であっても未来であっても


現在の延長線上に

いや、現在の今、この瞬間の連続した瞬間に


私は存在している。


そこには未来や過去は存在せず

ただ、「今」という一瞬だけが

連続して存在し続ける。



この話は私が大学生として

絵画を勉強していた際に

祖母が言っていた言葉である。


祖母は宗教家というわけではなかったが

神を信じていたし

先祖や過去に亡くなった友人達の魂に

事あるごとに触れていたように思う。


お墓という物を私は重要だとは思って居なかった。


当時、私の親戚や祖父たちは

皆健康であり

誰かが死ぬということは全くに意識の向こうであり


毎年お盆の季節になると

両親や祖父祖母が一生懸命何かを拝むのを見て

なんとも悲しい気持ちになったものだ。


しかし数年前にお世話になっていた祖父が

すい臓がんで亡くなった。


この時、祖父の死を看取ったのだが

祖父は死ぬ間際に何か夢を見ていた。


限界を超える量のモルヒネで痛みを飛ばし

幸せな幻覚の中で肉体から離脱した祖父。


火葬され骨になり

大きな大腿骨だけはっきりと残った祖父。


その祖父が墓に入った時

私はお墓というものに初めて興味を示すことになった。


「墓」、では無く

先祖や霊、土地や家族というもの

そして私自身の存在意義について

改めて考える機会となった。



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